花の季節の到来と花達のつぶやき

出勤途中の道には、この時期ならではの楽しみがあります。

それは、見事な紅梅の花の姿を楽しむことです。

実に見事な枝ぶりで、樹一杯に咲き誇っています。

交通量の多い国道に面して、日々排気ガスと闘っているのに、少しも薄汚れた気配させも見せない健気さに、往復の度ごとに感じ入ってしまいます。

また、梅だけではありません。

菜の花も水仙も、風の冷たさに抗いながらも、来たるべき陽春に備えての準備を始めて、短い花の命を懸命に生き切っていました。

しかし、残念なこともありました。

家族が道行く人のためにと、植えたフリージアが良い色の順から姿を消し、ついに今年は姿が全く見られなくなりました。

私は立腹したのですが、それはそれでいいんだ、という家族の度量の大きさに、心打たれました。

正直、自分の器の小ささが恥ずかしかったです。

それはさておき、私の家の周りは本当に緑が多い、心安らぐ地域です。

私の家の一角、それも私の家だけ特別にみすぼらしいのですが、それでも家族が工夫して育てている野菜や花は誰に言われる事無く、春の装いを始めているのです。

つい先日は、ラベンダーの穂先に、小さな薄紫の花が咲きだしたのを確認しました。

有名な観光地の風景写真では、本当に紫の絨毯と化していますが、狭い我が家のガーデンポットでは、その真価を発揮出来ようもありません。

でも、和らいだ北風に乗って、花達のつぶやきが聞こえてくる気がします。

「いいよ、それでも」。

この言葉に救われ、いつもは渋々手伝わされている作業も、今日は気も軽くはかどりました。

それは、ザエッセンスセラムの効果なのかも知れません。

さて、ラベンダーを摘んだ小さな花束は、今年は誰に進呈しようか。

女の人がいいよな、やっぱり。